上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昨夜はちょっとした野暮仕事で温泉でした

少々というか かなりというか ちゃんぽんして

今朝は最悪

最悪もいいとこ 午後3時まで 吐き気に襲われ

死にそうでした・・・・・

夕方から起きてみると 子供たちが凧あげをしておりました

天まで届け

春も近付いてますね

田んぼの雪もなく

梅の花も膨らんで

明日から3月!!

ぽちっ

スポンサーサイト
2010.02.26 鳥シリーズ

帰宅しても 少々余裕がなく 更新もサボり気味でした

そんな中

今朝はキジが遊びに来てくれました

ちょぼちょぼと・・・・・・・・・・・・・・・

明日は温泉です~

ぽちっ

温度まで調整する・・・

間に合いませんでした

ぽちっ

2010.02.21 ski ski ski

本日も天気がよく そうなればスキーです

今日は スキー場のお祭りということで

スキーが滑れないチビも楽しめそうなイベントをしていました

また子供の居場所事業のとのことで 子供リフト券が半額!!

第三日曜日はどこもそのようです

宝さがしに じゃんけん大会 スノーモービルの体験

そして親子ソリ大会!!

ママと出場 50組中なんと 勝ち上がって 6位

しかもチビが参加賞でいいから と妥協しての6位

1位は星座の森の宿泊券&おもちゃ・・・

で私たちはひたすらすべり 8本滑りました

物見山

 

行きたくなってきたでしょう

 

ぽちっ

今日は 我が職場が担当して 研修会が行われました

シンポジストで議論された方お疲れさんでした

そして事務を担当したみなさんお疲れさまでした

 

人前で発表をするということはとても緊張します

そして不安になります 不安には2つあると思います

 

1、うまく話せるかということ

    これは場慣れで解決します

 

2、間違っていないかということ

    これが難しい・・・ 実証や証拠が必要です いわゆる エビデンス

これには学術的な根拠が必要になるわけです

経験を実証していくことで 自信を持った発言ができるようになるわけです

 

経験だけでは人は納得できない時もあります

私たちは日々精進が必要なのです

 

まだ4名の方が 接待で がんばっています 我が職場のために!!

今度は本当の打ち上げをしましょう・・・

そのがんばりに

ぽちっ

2010.02.17 届きました

デジカメ チビに壊されて・・・

届きました

オークションで落札した1550円デジカメ

間もなくみなさんに 

映像で披露しますね

やる気のないコメントです・・・

ぽちっ

2010.02.15 月曜日

土曜日は 結婚を祝う会でした

帰宅したのは 午前3時・・・・

「3時のあなた」を歌いながら 寝室へ・・・

家族全員からひんしゅくをかってしまいました

酔っ払ったため ほとんど覚えていません

職場のみなさん あまり気にしないでください

元気ですから!!

ぽちっ

2010.02.13 Ski 2

あまりいい写真ではないですが(携帯なので)

行きたくなりませんか?

ぽちっ

2010.02.11 Ski

子供たちの体調も良くなり

スキーに行ってきました

もちろん先日当選したリフト券を使ってきました

天気もよく風もなく絶好のスキー日和でした

先週、天気が一度ゆるんだため状態は固め

残念ながらパウダースノーとはいきませんでした

ちびはソリ なんですが すぐに飽きてしまい・・・

お姉ちゃんは かなり上達しました 

一人でどんどん行ってしまいます

午前中だけで 7本もすべてきました

足がパンパンです

ぽちっ

御無沙汰しておりました

鳥もの

良い写真が?手に入りましたよ

恒例の ツグミ

よくも 毎日来てくれますよ・・・

そして すずめ

今日は集団でしたね

 

野良猫ならぬ

 

野良鳥とでも言うのでしょうか?

ぽちっ

2010.02.07 寒波2

今日も一日寒かったですね

今日は娘を連れてスキーに行く予定でしたが

少々風邪気味のため静養することにして

家の中でまったりと過ごしました

外は寒波の余韻が残り 地吹雪でした

近くの川は珍しく 凍っていました

ワカサギ釣りも行きたいのですが

先生との日程が折り合わず

今年は残念ですがデビューを見送ることにしました

家でごろごろしているとロクなことがありません

ブログ用のデジカメをちびが

遊んでいて落としてしまい

二代目もあえなく 壊れてしまいました 

お気に入りだったのに・・・

オークション1500円だったのに・・・・  

 

お見舞いに

ぽちっ

2010.02.06 寒波

本日の最低気温 約 マイナス8℃

本日の最高気温 約 マイナス5℃

一日冷凍庫の中にいたようなものです

そんな中 高速道路も あちらこちらで事故でした

厳冬の東北道

この寒い中

某場所でワカサギが釣れているとのことで 偵察に行ってきました

やってる やってる

 

 

うらやましい~

 

おちないでね・・・・

 

ぽちっ

 2004年6月、公益通報者保護法が成立し、2006年4月1日から施行されます。
これまで、三菱自動車のリコール隠しや雪印食品による牛肉産地偽装問題など、様々な問題がいわゆる内部告発や匿名通報によって明るみに出てきました。

このように、企業や組織の内部で公益にかかわる違法行為や不正行為がなされているときに、内部にいる人がその企業や組織のトップ、あるいは行政、マスコミ、消費者団体などの外部へ通報することを公益通報と呼んでいます。

この公益通報は、消費者の保護や公正な社会の実現のために不可欠なものであると言えます。
しかし、このような公益通報を行った人に対する保護は十分ではなく、解雇や配置転換などの不利益処分を受け、また、窃盗や名誉毀損などで刑事告発されるなど報復を受けることも少なくありませんでした。そこで、公益のために通報を行ったことで、労働者が不利益な取扱いを受けることのないよう保護することが必要とされ、公益通報者保護法が制定されることとなりました。

 

清き一票を

ぽちっ

2010.02.04 謀反

一門といい破門といい、相撲界の言葉は古めかしい。伝統を守るための古めかしさならいざ知らず、古いこと自体が伝統になっては時代からこぼれる。日本相撲協会の理事選挙を見ていて、昔ふうに「入れ札(ふだ)」と呼びたくなる気分にかられた

▼作家の菊池寛に「入れ札」という話がある。上州から信州へ落ちていく国定忠治の一党の話だ。誰もが忠治について行きたいが、大勢では目立ってしまう。やむなく3人に絞る投票をする。子分の葛藤(かっとう)を巧みに描いた好短編である

▼小説ではあるが、その入れ札とて無記名で行われた。だが相撲協会の理事選では、立会人に票を見せるよう求める声が出たそうだ。退けられたが、その古さに驚く。そもそも3期連続で無投票だった。苔(こけ)むしたイメージが協会を包んでいる

▼劣勢とされた貴乃花親方の当選は「奇跡が起きた」のだという。「誰の一票」まで勘定できた村社会だが、「一門栄えて相撲廃(すた)る」では本末転倒になってしまう。危機感から流れた票もあったように聞く

▼古い角界には謀反と映るかもしれない。だが「謀叛(むほん)人となるを恐れてはならぬ。新しいものは常に謀叛である」という徳冨蘆花の言葉もある。新しいものを期待していいのか、親方自身の言葉をもっと聞きたいものだ

▼鯨に呑(の)まれたのに気づかず安穏(あんのん)と泳ぐ小魚のたとえがある。巨漢ぞろいの角界だが、これまでの危機への鈍感はその小魚を思わせた。朝青龍の件もあってファンの目はいよいよ厳しい。新風を呼ぶ志のある謀反人が、本当ならもう2、3人は欲しい。

 

我が職場にも あてはまってほしい・・・

 

 

ぽちっ

2010.02.01 涙しました

東京では結構雪が降っていますね

面白いもんで この辺も東京とおなじ気温なのに

北が降っていないんだから不思議なもんです

さて先日 阪神・淡路大震災のテレビをみました

とても涙する 番組でした

その時の 神戸新聞の社説です

1995年1月20日朝刊1面

 

被災者になって分かったこと」

 

あの烈震で神戸市東灘区の家が倒壊し、階下の老いた父親が生き埋めになった。

三日目に、やっと自衛隊が遺体を搬出してくれた。だめだという予感はあった。

 

だが、埋まったままだった二日間の無力感、やりきれなさは例えようがない。 

被災者の恐怖や苦痛を、こんな形で体験しようとは、予想もしなかった。

 

 あの未明、ようやく二階の窓から戸外へ出てみて

傾斜した二階の下に階下が、ほぼ押し潰されているのが分かり、

恐ろしさでよろめきそうになる。父親が寝ていた。

いくら呼んでも返答がない。

 

怯えた人々の群が、薄明の中に影のように増える。軒並み、かしぎ、潰れている。ガスのにおいがする。

 

家の裏へ回る。醜悪な崩壊があるだけだ。すき間に向かって叫ぶ。

 

 

何を、どうしたらよいのか分からない。

電話が身近に無い。だれに救いを求めたらよいのか、途方に暮れる。

公的な情報が何もない。

 

何キロも離れた知り合いの大工さんの家へ、走っていく。彼の家もぺしゃんこだ。それでも駆けつけてくれる。

 

裏から、のこぎりとバールを使って、掘り進んでくれる。

彼の道具も失われ、限りがある。

いつ上から崩れてくるか分からない。

父の寝所とおぼしきところまで潜るが、姿がない。何度も呼ぶが返事はなかった。

強烈なガスのにおいがした。大工さんでは、これ以上無理だった。

 

地区の消防分団の十名ほどのグループが救出活動を始めた。

瓦礫(がれき)の下から応答のある人々を、次々、救出していた。

時間と努力のいる作業である。頼りにしたい。父のことを頼む。

だが、反応のある人が優先である。日が暮れる。

余震を恐れる人々が、学校の校庭や公園に、毛布をかぶってたむろする。

寒くて、食べ物も水も乏しい。

廃材でたき火をする。救援物資は、なかなか来ない。

いつまで辛抱すれば、生存の不安は薄らぐのか、情報が欲しい。

 

翌日が明ける。

近所の一家五人の遺体が、分団の人たちによって搬出される。

幼い三児に両親は覆いかぶさるようになって発見された。

こみ上げてくる。父のことを頼む。

検討してくれる。とても分団の手に負えないといわれる。

市の消防局か自衛隊に頼んでくれといわれる。

われわれは、消防局の命令系統で動いているわけではない、気の毒だけど、という。

 

東灘消防署にある救助本部へいく。

生きている可能性の高い人からやっている、お宅は何時になるか分からない、分かってほしいといわれる。

十分理解できる。

理解できるが、やりきれない。そんな二日間だった。

 

これまで被災者の気持ちが本当に分かっていなかった自分に気づく。

災害元禄などといわれた神戸に住む者の、一種の不遜(ふそん)さ、甘さを思い知る。

この街が被災者の不安やつらさに、どれだけこたえ、ねぎらう用意があったかを、改めて思う。

 

ぽちっ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。